芸術・歴史

【歴史】甲州古道

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江戸幕府は五街道の一つとして日本橋から下諏訪に至る全長約210㎞の甲州街道を整備しました。甲州古道は国道20号になる前の本来の甲州街道を指します。古道は鉄道建設や道路整備などによって寸断された箇所も少なくありませんが、 吉野、小渕地区にはその面影がたくさん残されています。
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【歴史】一里塚

甲州街道には、一里(約4㎞)ごとに土を盛り上げて作った塚が置かれました。塚には榎などの木が植えられ、旅人にとって距離の目安、休憩所になりました。藤野の一里塚は江戸から17番目の塚で、小渕駐在所から右手に見える大きな榎の木が目印になっています。

【歴史】吉野宿ふじや

吉野宿ふじや

吉野宿は甲州街道の江戸から16番目の宿場で、甲府との中間にあたります。「ふじや」は江戸時代から明治29年の大火で焼失するまで旅籠「藤屋」でした。現在の建物は大火の翌年再建されたものです。1991以降年旧藤野町の郷土資料館として利用され、2014年市登録文化財に指定されました。 (もっと見る…)

【歴史】関野宿本陣跡

関野宿は甲州街道の江戸から17番目の宿場です。隣の吉野宿とともに本陣があったのですが、明治21(1888)年の火災で本陣その他の建物は焼失してしまいました。したがって、今はその面影はなく、「関野宿本陣跡説明板」がひっそり立っているだけです。

【歴史】追手風喜太郎供養碑

江戸時代末期に大関(当時の最高位)にまで昇進した追手風喜太郎は小渕地区関野出身の力士でした。小渕地区の増珠寺には喜太郎が寄贈した五具足(仏前を飾る道具)や灯籠があります。また、生家の近くには喜太郎の供養碑が建てられています。